岐阜大学動物病院

診療

変性性脊髄症の臨床診断および遺伝子検査

このページでは、変性性脊髄症 Degenerative Myelopathyの概要、症状、原因、診断、検査、治療、研究について紹介しています。

岐阜大学応用生物科学部
獣医学課程臨床放射線学研究室
神志那 弘明(Hiroaki KAMISHINA)

ウェルシュ・コーギーの変性性脊髄症
Degenerative Myelopathy(DM)in Welsh Corgi

変性性脊髄症 Degenerative Myelopathy (以下「DM」) とは

DMは、痛みを伴わず、ゆっくりと進行する脊髄の病気です。ジャーマンシェパードに多い病気として、1973年にAverillにより初めて報告されました[1]。現在までに、多くの犬種(ボクサー、ラブラドール・レトリーバー、シベリアンハスキー、ミニチュアプードルなど)で発生が報告されていますが[5, 12]、近年、ウェルシュコーギーでの発生頻度が高く、欧米では注目を浴びています。日本では大型犬の飼育頭数が欧米と比べ少なく、現在までにDMの報告はそれほど多くありませんが、ウェルシュコーギーでの発生は確実に増えてきています。

DMで現れる症状

コーギーの場合、症状は10歳くらいから現れます。病気は脊髄の真ん中あたり(前足と後ろ足の間あたりの脊髄)から始まりますので、症状は後ろ足から出現します。病気が進行すると、病変は脊髄の前の方にも広がり、前足にも同様な症状が現れます。さらに進行すると病変は首の脊髄にも広がり、呼吸がしにくくなります。通常、これらの症状は3年くらいかけて進行します。

初期の症状としては、以下の様な症状が特徴的です。これらの症状は、DMだけに認められるものではなく、コーギーに多い椎間板ヘルニアやその他の病気でも同様に認められことがあります。ですから、このような症状が見られたら、動物病院で精密検査を受けることが大切です。

DMで現れる症状1:後ろ足をすって歩く

足先の感覚異常から、足の甲を地面にすって歩くようになります。アスファルトの上だと歩行時に「シャーッ、シャーッ」と爪が地面にすれる音が聞こえるかもしれません。爪を見ると爪の上側が擦れて減ってきます。立ち止まって立っているときには、足先がひっくり返ったままになっていることもあります。

爪を地面にすって歩いている

http://www.pet-honpo.com/cap/で
動画を見ることができます

後ろ足がひっくり返ったままの状態で立っている

DMで現れる症状2:腰のふらつきや後ろ足の交差

歩行時に腰が安定せず、左右にふらふらしながら歩くなどの症状も初期に見られます。また、後ろ足を交差させながら歩くこともあります。足先の感覚異常により、自分の足の位置がわからなくなっている結果として現れる症状です。

腰がフラフラし、足がもつれてしまう

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DMで現れる症状3:ウサギ跳び

2本の後ろ足をそろえてウサギ跳びのように歩くことがあります。左右前後の足の動きに協調性がなくなり現れるのだと思われます。

さらに症状が進行すると、後ろ足の動きが鈍くなり、筋肉量も落ちることから下半身を支えることができなくなります。すでに述べたように、この病気では痛みは伴わないため、犬はそれでも歩こうとします。下半身を持ちあげることができないので、腰が落ちた状態で下半身を引きずりながら前進します。

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脊髄の病変がさらに前の方に広がると、前足の障害が起きてきます。後ろ足で起きたと同じように、上半身を支えることができなくなり、伏せの状態になります。伏せの姿勢を維持できなくなると、横に寝たような状態になります。

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前足の症状が進行すると起立することが困難になります。また、排尿や排便の制御ができなくなるので、オムツが必要になります。

首の脊髄にまで病変が及ぶと呼吸障害が現れます。息づかいが荒かったり、不規則な呼吸をしたりします。呼吸障害がさらに進行すると呼吸不全となり、亡くなります。通常は後ろ足の症状が出てから3年後くらいで呼吸障害が現れます。

DMの原因

犬種を問わずDMの原因は不明な点が多く、未だはっきりとした原因は解明されていません。過去には、進行性軸索変性説[8]、免疫介在性疾患説[3, 13, 14]、遺伝性疾患説[6]、代謝性疾患説(ビタミンEおよびB12の欠乏)[10]などが提唱されていますが、いずれも確定的な結論には至っていません。しかし2008年、ミズーリ大学の研究グループにより、DMを発症した多くの犬に遺伝子変異があると発表されました[2]。この変異した遺伝子は、スーパーオキシドジスムターゼ1(SOD1)というタンパク質をコードする遺伝子です。SOD1は生体内で発生した活性酸素などの酸化ストレスを除去するのに関係していると考えられています。人において、SOD1遺伝子の変異は家族性筋萎縮性側索硬化症(ALSまたはルー・ゲーリッグ病)を引き起こすことが知られています。

DMの診断

現在のところ、DMに対する特異的な生前診断法は確立されていません。確実に病気の存在を証明するためには、脊髄組織の病理組織学的検査が必要ですが、これは生前には不可能です。しかし臨床的には、各種検査を組み合わせることによりDMの診断を下すことができます。診断において重要なことは、犬種と特徴的なヒストリー(疼痛を伴わない慢性進行性の両後肢不全麻痺)を考慮し、血液検査や脳脊髄液検査で炎症性疾患を否定し、MRIやCTまたは脊髄造影検査などの画像診断で脊髄の圧迫性病変を除外することです。画像診断は、あくまでも椎間板ヘルニアなどの圧迫性病変を否定する目的で行われ、DMの病変を見つけるためではありません。さらに、変異したSOD1遺伝子をペアで持っており、臨床症状がDMと合致する場合は、DMに罹っている可能性は高いと考えます。しかし、高齢のコーギーでは、椎間板ヘルニアも多く、DMとの症状も似ているため両者を区別することは困難な場合もあります。また、DMと椎間板ヘルニアを両方持っている犬もいますので、診断と治療は慎重に進めなければいけません。

変異SOD1遺伝子の検査

変異したSOD1遺伝子をペアで持っているコーギーでは、DMを発症するリスクがあることがわかっています。変異遺伝子を持った個体での発症の時期や確率についてはまだ不明です。

SOD1遺伝子の検査は、岐阜大学応用生物科学部獣医学課程臨床放射線学研究室と鹿児島大学農学部獣医学科臨床病理学研究室との共同研究で行っています。現在受け付けている検体は、画像診断を実施し、獣医師によりDMと臨床診断をすでに受けたコーギーまたはDMが疑われているコーギーの検体のみです。検査を希望される方は、下記メールアドレスまでご連絡ください。必要な書類をお送りします。

治療法について

DMの治療は、その原因がはっきりと解明されていない現時点では、経験的に行われています。抗酸化作用を持つとされるいくつかの治療薬が使われています[7]。変性性の神経疾患において、酸化ストレスは病態生理に深く関与していると考えられているため[4, 9]、抗酸化作用を有するビタミン類やサプリンメントは効果があるかもしれません。しかし、現在までに唯一その効果が示されているのは理学療法です[11]。痛みがなく、積極的に動くことができる犬でしたら、なるべく運動をさせることが勧められます。前述した通り、DMは椎間板ヘルニアと症状が似ているので、まずは必要な精密検査を受け、椎間板ヘルニアではないことを確認することが重要です。椎間板ヘルニアである場合は、運動させることにより症状が悪化する場合があります。神経病でよく使われるステロイドは、DMに対しては効果がないと言われています。

岐阜大学で行っているDMの研究

現在、岐阜大学応用生物科学部獣医学課程臨床放射線学研究室では以下のテーマで研究を行っています。

  1. DMの原因変異遺伝子SOD1の保有率調査:現在、日本国内にいるコーギーの何%が変異遺伝子を持っているのかまったくわかりません。そもそもどのくらいの犬が遺伝子異常を持っており、どのくらいの犬がDMを発症しているかを調べています。
  2. DMの新しい診断法:現在のところ、DMの診断は画像診断ではできません。したがって、病変を画像診断により確認できるようになれば、診断方法が大きく変わります。さらに血液バイオマーカーの研究を行っています。血液中のある神経特異的タンパク質の濃度を測定することにより、発症前に病気を検出することを目指しています。
  3. DMの治療法の開発:現在までにDMの進行を遅らせる治療法は、理学療法しかありません。当研究室では、再生医療も含め、DMの新しい治療法の開発を目指して研究をしています。

DMに関する情報

さらにDMの事を知りたい方は以下のサイトまたは記事をご覧ください。

DMのことが詳しく書いてあるサイト

ペンブローク ウェルシュ コーギー オブ ジャパン(日本語)
Canine Genetic Diseases NetworkのDM情報ページ(英語)
http://www.caninegeneticdiseases.net/DM/ancmntDM.htm

ジャーマン・シェパードのDMに関する情報(英語)
http://neuro.vetmed.ufl.edu/neuro/DM_Web/DMofGS.htm
コーギーのDMにも共通点が多いので参考になります。

DMの記事が載っている雑誌等

「知っておこう コーギの変性性脊髄症(DM)」
コーギ・ファン 誠文堂新光社

「DAMNIT-Vで学ぶ神経病学各論 第26回 変性性脊髄症」
月刊「CAP」2010年8月号(緑書房/チクサン出版社)

飼い主さまへのお願い

DMの原因についてはまだ不明な点が数多く残っています。そのために有効な治療法もありません。DMに対する新しい治療法を開発するために病気の原因についてもっと知る必要があります。そのためにはDMになった犬の病理検査が必要です。長年家族の一員であった愛犬を送り出すことは大変つらいことではありますが、現在DMと闘っている他の多くのコーギーのためにぜひご協力をお願いします。闘病を終えた犬の遺体を献体してくださる方は以下アドレスまでメールにてご連絡ください。

お問い合わせ

DMに関してご質問などあれば下記アドレスまでご連絡ください。(すぐにお返事ができない場合もありますが、ご了承ください)

神志那 弘明(かみしな ひろあき)
岐阜大学応用生物科学部
獣医学課程臨床放射線学研究室
kamicna@gifu-u.ac.jp

【参考文献】

  1. Averill, D. R., Jr. 1973. Degenerative myelopathy in the aging German Shepherd dog: clinical and pathologic findings. J Am Vet Med Assoc. 162: 1045-1051.
  2. Awano, T., Johnson, G. S., Wade, C. M., Katz, M. L., Johnson, G. C., Taylor, J. F., Perloski, M., Biagi, T., Baranowska, I., Long, S., March, P. A., Olby, N. J., Shelton, G. D., Khan, S., O'Brien, D. P., Lindblad-Toh, K. and Coates, J. R. 2009. Genome-wide association analysis reveals a SOD1 mutation in canine degenerative myelopathy that resembles amyotrophic lateral sclerosis. Proc Natl Acad Sci U S A. 106: 2794-2799.
  3. Barclay, K. B. and Haines, D. M. 1994. Immunohistochemical evidence for immunoglobulin and complement deposition in spinal cord lesions in degenerative myelopathy in German shepherd dogs. Can J Vet Res. 58: 20-24.
  4. Beal, M. F. 1995. Aging, energy, and oxidative stress in neurodegenerative diseases. Ann Neurol. 38: 357-366.
  5. Bichsel, P., Vandevelde, M., Lang, J. and Kull-Hachler, S. 1983. Degenerative myelopathy in a family of Siberian Husky dogs. J Am Vet Med Assoc. 183: 998-1000, 1965.
  6. Braund, K. G. and Vandevelde, M. 1978. German Shepherd dog myelopathy--a morphologic and morphometric study. Am J Vet Res. 39: 1309-1315.
  7. Clemmons, R. M. 1992. Degenerative myelopathy. Vet Clin North Am Small Anim Pract. 22: 965-971.
  8. Griffiths, I. R. and Duncan, I. D. 1975. Chronic degenerative radiculomyelopathy in the dog. J Small Anim Pract. 16: 461-471.
  9. Ilic, T. V., Jovanovic, M., Jovicic, A. and Tomovic, M. 1999. Oxidative stress indicators are elevated in de novo Parkinson's disease patients. Funct Neurol. 14: 141-147.
  10. Johnston, P. E., Knox, K., Gettinby, G. and Griffiths, I. R. 2001. Serum alpha-tocopherol concentrations in German shepherd dogs with chronic degenerative radiculomyelopathy. Vet Rec. 148: 403-407.
  11. Kathmann, I., Cizinauskas, S., Doherr, M. G., Steffen, F. and Jaggy, A. 2006. Daily controlled physiotherapy increases survival time in dogs with suspected degenerative myelopathy. J Vet Intern Med. 20: 927-932.
  12. Matthews, N. S. and de Lahunta, A. 1985. Degenerative myelopathy in an adult miniature poodle. J Am Vet Med Assoc. 186: 1213-1215.
  13. Waxman, F. J., Clemmons, R. M. and Hinrichs, D. J. 1980. Progressive myelopathy in older German shepherd dogs. II. Presence of circulating suppressor cells. J Immunol. 124: 1216-1222.
  14. Waxman, F. J., Clemmons, R. M., Johnson, G., Evermann, J. F., Johnson, M. I., Roberts, C. and Hinrichs, D. J. 1980. Progressive myelopathy in older German shepherd dogs. I. Depressed response to thymus-dependent mitogens. J Immunol. 124: 1209-1215.