Journal Club 202009

腫瘍科で行っているJournal Clubの要約を掲載いたします。内容の詳細につきましては原著論文をご参照ください。

2020.09

犬の骨肉腫細胞株に対するトセラニブの作用機序

In vitro and in vivo effects of toceranib phosphate on canine osteosarcoma cell lines and xenograft orthotopic models.

Sánchez-Céspedes R, Accornero P, Miretti S, et al. Vet Comp Oncol. 2020;18(1):117-127.

犬の骨肉腫(OSA)は最もよく見られる原発性悪性骨腫瘍であり、転移率が高く、予後が不良とされる。リン酸トセラニブ(TOC; Palladia、Zoetis)は、VEGFR-2、PDGFR、およびc-Kitを選択的に阻害する動物用チロシンキナーゼ阻害剤であるが、その有効性は犬のOSAの治療ではまだ完全には理解されていない。ここでは、トランスウェル、創傷治癒、コロニー形成アッセイにより、6つのOSA細胞株に対するTOCの機能的効果を評価した。続いて、2つの細胞株(WallとPenny)を選択し、大腿骨内注射によってマウスに接種して、イヌOSAの同所性異種移植モデルを開発した。各細胞株について、30匹のマウスを異種移植した。それらの半分はコントロールとして使用し、残りの半分は40 mg / kgのTOCで20日間治療した。 TOCはすべての細胞株の細胞増殖と浸潤、遊走を阻害した。ペニー細胞を移植し、TOC治療を受けたマウスでは、腫瘍増殖の低下が観察され、PDGFRとc-KitのmRNAがダウンレギュレートされた。免疫組織化学的分析は、対照と比較した場合、処置されたマウスにおけるKi67染色の有意な減少を示した。ここで得られた結果は、TOCがin vitroで細胞増殖をわずかに阻害できることを示しているが、その効果は、アポトーシスマーカーを変更せずにTOCが腫瘍サイズとKi67インデックスを大幅に縮小したペニー細胞異種移植モデルでのみ明らかであった。

コメント

すでに臨床症例でのいくつかの研究で、骨肉腫に対するトセラニブの有意性が示されなかったことは報告されているため(London CA, et al. PLos One. 2015, Kim C, et al. Can Vet J. 2017, Laver T, et al. Vet Comp Oncol. 2018)、本研究の目指しているところが臨床応用に向かっているものなのかどうかは不明である。併用薬との相乗作用などによって抗腫瘍効果が得られるのかどうかが今後の課題ではないかと考える。

2020.09

猫のFROMSの臨床的特徴

Orbital invasive squamous cell carcinoma with adnexal involvement clinically mimicking feline restrictive orbital myofibroblastic sarcoma: 19 cases (1990-2016).

Diehl KA, Pryor SG, Teixeira LBC. Vet Ophthalmol. 2018;21(3):281-289.

目的:猫の付属器または眼窩の扁平上皮癌(SCC)の臨床像が、猫の拘束性眼窩筋線維芽細胞肉腫(FROMS)と類似した特徴を持つことを明らかにすること。
方法:ジョージア大学獣医学部およびウィスコンシン比較眼病理学研究所(COPLOW)にて1990-2016年に収集された付属器または眼窩SCCの症例から回顧的研究を行った。眼科症状、非眼科疾患の既往歴と症状、FROMSが疑われる場合には画像診断結果および病理組織学的検査が含まれた。同期間のCOPLOWにおけるFROMS症例を、有意差0.05でSCC症例と統計的に比較した。
結果:9例(20眼)は、角膜炎および眼瞼の運動制限及び眼瞼肥厚といったFROMSと同様の特徴を持つSCCが含まれた。SCC症例の臨床所見はFROMS症例57例(67眼)と比較し有意差は認められなかったが、眼球突出または後方圧迫についてはSCC群(20%)ではFROMS群(47.8%)と比較し有意に少なかった(P=0.027)。明らかな腫瘤病変は、SCC群(30%)ではFROMS群(4.5%)よりも多く認められた(P=0.0010)。
結論:付属器が関与するSCCには、FROMSと同様の特徴が認められる。FROMSに加え、SCCは付属器または眼窩の徴候と角膜の変化がある猫の鑑別疾患として考慮する必要がある。

コメント

臨床症状の眼球突出に関して有意差が認められたが、鼻腔腫瘍などでも突出することはしばしばあるためにFROMSのみに特徴的な所見とは言えないだろう。FROMSの画像初見の特徴とされていた強膜肥厚に関してSCCと比較されていないため2群間での差は不明だが、炎症が生じた眼周囲疾患であればどの腫瘍でも生じうる画像所見である可能性があるものと考えるFROMSを診断するためには、臨床経過や病理組織検査など様々な情報から総合的に診断することが重要と思われた。

2020.09

犬のリンパ腫治療における体重の変化と治療効果との関連

Association between weight change during initial chemotherapy and clinical outcome in dogs with multicentric lymphoma.

Lee WS, Lee JJ, Liao AT, et al. Vet Comp Oncol. 2020 Jul 12. doi: 10.1111/vco.12637. Online ahead of print.

犬のリンパ腫の予後因子の大部分は、治療開始前または診断時に評価されている。治療の初期段階で評価される予後因子はほとんど説明されていないが、重要な臨床情報を提供する可能性がある。本回顧的研究では、82例のリンパ腫に罹患した犬が、診断時と5週間の化学療法後の体重変化に従って分類された。初期体重から5%以上増加または5%以上減少した犬は、それぞれ体重増加または体重減少のグループに分類された。体重の変化が5%未満であるものは、体重維持グループに分類された。体重増加グループ、維持グループ、および減少グループの無増悪生存期間(PFS)の中央値は、それぞれ226、256、129日だった。減少グループは、増加グループおよび維持グループよりも有意に短いPFSを示した(それぞれP = 0.023、P = 0.003)。体重増加グループ、維持グループ、および減少グループの生存期間(ST)の中央値は、それぞれ320日、339日、222日だった。3グループ間でSTに有意差は認められなかった(P = 0.128)。 Cox回帰分析の結果では、体重変化群と初期体重がPFSに関連する重要なリスク要因となった(それぞれP = 0.007、P = 0.001)。一方で、初期体重がSTに対する有意な危険因子だった(P = 0.013)。結論として、初期体重と経時的な体重変化の評価は、多中心型リンパ腫の犬のPFSとSTに関する貴重な情報を提供しうることが分かった。

コメント

さまざまな予後因子が報告されている犬のリンパ腫で、本研究は抗がん剤治療に伴う体重の変化に着目している。体重減少群において予後が悪くなる傾向が示唆されているが、ボディコンディションスコアや抗がん剤の副作用の評価など、決定的なファクターが本文献では解析されていない。体重減少が腫瘍の進行によるものなのか抗がん剤の副作用によるものなのかを調べることは特に重要であり、この論文だけで体重と予後との関連を結論づけることはできないだろう。

2020.09

犬の癌腫におけるprostaglandin EP4受容体の遺伝子発現

Gene expression of prostaglandin EP4 receptor in three canine carcinomas.

Musser ML, Viall AK, Phillips RL, et al. BMC Vet Res. 2020;16(1):213.

Background: シクロオキシゲナーゼ酵素、特にその産物であるプロスタグランジンE2(PGE2)によって媒介される慢性炎症は、がんの発生を引き起こす。PGE2は特異的な受容体(EP1~EP4受容体[EP1R~EP4R])との相互作用により、細胞増殖、アポトーシス、血管新生を促進する。ヒトの複数のがんで、EP4Rの発現が悪性腫瘍の発生と予後不良と関連している。EP4Rの発現は、イヌの腫瘍ではまだ評価されていない。この研究の目的は、犬の扁平上皮癌(SCC)、肛門嚢アポクリン腺癌(AGASACA)、移行上皮癌(TCC)のEP4R(ptger4)のmRNA遺伝子発現を特徴付けること。犬の腫瘍サンプルの皮膚SCC(n=9)、AGASACA(n=9)、TCC(n=9)と、正常組織コントロールをRNA in situ hybridization(RNA scope)を使用し、イヌのEP4RのmRNA発現を評価した。組織切片のRNA scopeシグナルの定量化は、高度なデジタル病理画像解析システム(HALO)を用いた。データは、EP4Rのコピー数、H-index、腫瘍細胞発現率として表した。
Results: 評価された全ての犬のSCC、AGASACA、TCCサンプルでEP4Rの強い一般的な陽性発現が確認された。SCC、AGASACAではmRNA EP4Rの発現は、それぞれの正常組織よりも統計的に高く発現していた。TCC組織は、正常な膀胱粘膜と比較して、mRNA EP4R発現が有意に少なかった。
Conclusion: これらの結果は、SCCとAGASACAでは高発現を示し、TCCでは低発現を示したように、評価された全ての腫瘍タイプでイヌのEP4RのmRNA発現を確認した。この研究はまた、新規のin situ hybridizationテクニックであるRNA scopeを使用し、EP4R発現を評価した獣医学での初めての報告である。

コメント

これまでヒト、イヌの研究で様々なタイプの腫瘍がCOX-2を発現しており、そのためCOX-2阻害薬(NSAIDs)を使用した抗腫瘍効果が注目されてきた。ヒトではEP1R、EP4Rの選択的な拮抗により、舌のSCC、皮膚腫瘍、結腸癌などで腫瘍発生の進行抑制が認められている。現在グラピプラント(EP4拮抗薬)の日本での発売が決定した。本研究では症例数は少ないものの、犬のいくつかの腫瘍でEP4Rの発現が認められた。グラピプラントは骨関節炎治療で認可が取られているが、EP4Rを選択的に拮抗することでヒト同様、抗腫瘍効果が認められる可能性があるとともに、その副作用軽減が注目される。