Journal Club 202111

腫瘍科で行っているJournal Clubの要約を掲載いたします。内容の詳細につきましては原著論文をご参照ください。

2021.11

犬のびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫に対するマイクロRNAバイオマーカー

MicroRNA Biomarkers in Canine Diffuse Large B-Cell Lymphoma

Nelly O. Elshafie, Naila C. do Nascimento, Nathanael I. Lichti, et al. Vet Pathol. 2021;58(1):34-41.DOI: 10.1177/0300985820967902.

リンパ腫はイヌにおいて最も一般的な腫瘍である。その中でもびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(DLBCL)が最も多く、全症例の半分を占める。DLBCLの確定診断は細胞診により行われ、必要に応じて免疫表現型検査や、病理組織学検査と免疫組織化学染色が行われる。診断をする上で迅速で特異的な分子検査は有益なものである。ノンコーディングmicroRNAs(miRNAs)は細胞分化、細胞周期の進行、アポトーシスといった様々な細胞プロセスに関与する遺伝子発現の調整因子である。そして腫瘍などの疾患ではmiRNAの発現量が異常になることが知られている。このmiRNAは組織内で非常に安定しており、豊富に存在することから、疾患の診断やモニタリングのバイオマーカーとなることが期待されている。本研究ではDLBCLのmiRNAシグネイチャーを同定し、補助的な分子診断ツールを開発することを目的とした。DLBCL群22例、腫瘍性疾患でない対照群14例の、ホルマリン固定後にパラフィン包埋されたリンパ節からmiRNAを分離した。そして腫瘍の制御に関わっている8つのmiRNAの相対的な遺伝子発現量をRT-qPCR(定量的逆転写PCR)により調べた。その結果、コントロール群と比較してlet-7ファミリーのmiRNAとmiR-155の発現量が低下しており、それに対しmiR-34aは発現量が上昇していた。さらにmiR-34aとlet-7fまたはlet-7bとlet-7fの発現量を組み合わせることでDLBCLとコントロール群で100%の差別化ができることを実証した。またlet-7f単独の発現量でもDLBCLと非腫瘍組織を97%区別することができた。本実験の結果はイヌのDLBCLに対する迅速かつ正確な補助診断を探す上で一歩前進したと言える。

コメント

現在犬におけるB細胞性リンパ腫の治療はCHOP療法で行われており、サブタイプごとに異なる治療法はない。今後、サブタイプに応じた治療が確立した際には、今回の研究のような分子診断ツールが一層重要になると思われる。この研究ではDLBCLと非腫瘍性疾患のリンパ節を区別しているが、DLBCLとその他のリンパ腫との区別等、今後の研究に期待したい。

2021.11

マウス異種移植モデルにおける犬のメラノーマに対するLiporaxel(経口パクリタキセル)の抗腫瘍効果

Antitumour effects of Liporaxel (oral paclitaxel) for canine melanoma in a mouse xenograft model

Ji-In Yang, Bohwan Jin, Su-Yeon Kim, et al. Vet Comp Oncol. 2020;18:152–160. DOI: 10.1111/vco.12540

パクリタキセルはタキサン系薬剤の1つで、腫瘍細胞の微小管を標的として抗腫瘍効果を示す。最近では人医療において、パクリタキセルの静脈内投与による副作用を克服するために、経口パクリタキセルが開発された。この研究の目的は、経口パクリタキセルのin vitroおよびin vivoでの抗腫瘍効果を調査することである。マウスに腫瘍細胞を接種し、3週間後に経口パクリタキセル(25および50mg/kg)または生理食塩水を週に1回、合計3回投与した。また抗腫瘍効果の根本的なメカニズムを探るために、免疫組織化学的手法によって腫瘍の血管新生を調べた。腫瘍細胞のアポトーシスはTerminal deoxynucleotidyl transferase dUTP Nick-End Labeling assay (TUNEL法)によって検出し、細胞周期の停止はウェスタンブロット解析によって確認した。パクリタキセルを犬のメラノーマ細胞に投与したところ、in vitroでは抗増殖効果と細胞周期の停止が認められた。in vivoではパクリタキセルの経口投与後、平均腫瘍サイズは対照群と比較して約30%減少した。組織学的には、パクリタキセルは血管新生阻害作用を示し、腫瘍組織にアポトーシスを誘導した。また、経口パクリタキセルは腫瘍内のサイクリンD1の発現を低下させ、細胞増殖を抑制した。本研究の結果は、パクリタキセルの経口投与が犬のメラノーマを治療するための新しい化学療法戦略となる可能性を支持するものである。本研究は、犬の腫瘍に対する治療薬としての経口パクリタキセルの可能性を調査した初めての研究である。

コメント

今回の結果より、パクリタキセルの経口投与は静脈内投与の代替手段と成り得る可能性が示唆された。経口パクリタキセル製剤が動物にも使用できるようになれば、通院に向かない症例に対しても化学療法の実施が可能となり、メトロノミック化学療法としての使用が検討できるなど、治療の選択肢が大きく広がる。犬においてはパクリタキセルの静脈投与によるアレルギー反応も経験されるため、人医療におけるしびれのように、内服投与にすることで副作用の発生頻度が軽減するのかどうかも気になる点である。臨床応用に向けたさらなる研究に期待したい。